僕を黙らした、父の介護中の「母の言葉」

*この記事は講師ビジネスとは直接関係ありません。

「れいろう」という雑誌からコラムの依頼をいただきました。

ただ、コンセプトが「家族のあり方」といった道徳的内容のオファーでしたので、
「それって僕じゃないんじゃないですか?」
といったんはお断りしたものの是非との言葉をいただき「自然界」を絡めて書くことにしました。

僕の専門は「講師養成」ですし、それもどちらかと言えばビジネステーマの方が得意です。
「困ったな…」と思ったときに、父の介護をしていたときの「母の言葉」を思い出しました。

「あの話を書こう!」と原稿のラストに入れたところ大きな反響がありました。

『グッときました…』
『電車だったけど涙が出てしまいました…』
『前向きってこういうこと言うんですね…』等々の感想をいただきました。

下記のPDFは5ページありますが、評判が良かったは最後の一枚です。

【最終稿】『れいろう』1月号「特集②」

その部分の原稿のみ下記に記載します。

それぞれの家族にそれぞれの正解がある

2011年に逝った父を母は10年以上献身的に介護してきました。

特に最後の2年は寝たきりで食事もとれず、遺漏(食物を腹壁から直接流入する)や痰の吸引などの医療行為まで自宅でこなしていました。

母自身が高齢です。

私は母に言いました。
「もう自宅で介護するのは限界じゃないか」

しばらく黙ってから母は話し出しました。

「私ね、子供の時は看護婦さんになりたかったの。でもお母ちゃんに『あんたは泣き虫やから無理や、やめとき』と言われたんよ…だから今こうしていると、夢が叶ったと思えるんよ…」

私は反論する言葉を失いました。静かな話し方の中にも、最後まで自宅で自分が看るという覚悟と、もうこれ以上は言うなという迫力がありました。

その後、父を見送りしばらくは気持ち的にも体力的にも疲れを見せたものの、いまは以前からやっていた絵画や川柳に加え、料理や運動など新しい学びに元気に参加しています。
その姿には、父に対して出来ることはやりきったという納得感があるのだと感じます。

もちろん、私は必ずしも自宅で家族が介護をするべきとは思っていません。家族に過剰な負担がかからぬように外部の支援を受けるべきと考えています。

それぞれの家族に、それぞれの正解があるはずです。

実は本書の執筆依頼を受けたとき、最初は読者層を伺い躊躇しました。私の自然からの比喩は主にビジネス思考への展開だからです。でも母に向かって書いてみようと思い書き出した結果、最後に母のエピソードを加えさせていただいた次第です。

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