「研修講師」と一線を画す「プロ講演講師」

講師の業界には話術で勝負するプロの講演講師がいます。

彼らの講演はエンターテインメントです。舞台のようにストーリーテリングされていて、笑いあり涙ありの講演劇場です。
その内容はノウハウを教えるというより、モチベーションを劇的に上げることがゴールになっています。

ところで「講演」と「研修」って何が違うのでしょうか?
私はざっくり下記のようなイメージをもっています。

講演と研修の違い

講演研修
時間軸 60~90分2時間から1日、複数日
成果軸気づき、意識改革行動変容、課題解決
反応軸楽しく惹きつけられていく課題解決に役立つのでしっかり聞こう
構成軸ワークはしないが巻き込んでいく      大小のワークやグループディスカッション  
                                    *明確な決まりはありません。

もちろん業界で決まった分類があるわけではないので参考程度にしてください。

しかし、かつては住み分けしていた「講演」と「研修」もボーダレス化してきて、それぞれの良さを吸収して、融合しつつあります。

講演研修
ワークショップを入れる講演のパフォーマンスを学ぶ
インストラクショナルデザインを取り入れる講演の起承転結のストーリーテリングを使う
講演後に研修を提案する研修前に講演の提案をする

この記事では、そんなプロ講演講師の技のなかで使えそうなものを紹介します。正直言って論理的でないノウハウも含まれるかもしれませんが、ときにロジックよりもマインドを優先しなくてはいけないときもあります。

そんな時のために参考にしていただければ幸いです。

講演は冒頭で掴む

講演は冒頭が最も大事です。
始めに「今日の講演は楽しそうだな」「役立ちそうだな」と思わせないと、聴くモードにスイッチが入らず、後でどんなにいい話をしても伝わりません。

よくあるパターンが、まず自身の経歴を話し「自分はこんな実績があるんですよ、だから皆さんしっかり聞いてくださいよ」と権威を高めてから本題に入る流れです。この導入方は、よほど驚くキャリアの講師なら効果があるかもしれませんが、反発される事の方が多い様です。

基本的に講師プロフィールは事前に配布していますし、登壇前に紹介もありますから、自己紹介は冒頭に適さないと考えます。

講演のやり方的な文献では、「まずは最初に礼儀正しく自己紹介を…」と書いていますが、それはプロ講師のアプローチではありません。

コンサートで、いきなりMCやメンバー紹介から始まらず、持ち歌の中でベスト3に入る曲からスタートするのと同様です。

ビジネス本も「まえがき」で掴む事にとても力を入れています。

講演もエンターテーメントです。
まずは聴講者の心のキャッチです。落語でいうマクラ、本のプロローグです。

例えば、冒頭は、いきなり5分程度の掴みネタです。ここで聴講者の心を掴むかが勝負です。一番惹きつける自信のあるネタを思い切って冒頭に持ってきましょう。「比喩・寓話」「スポーツネタ」「歴史ネタ」で始めるのも面白いと思います。

最初は「な・な・何の話しだすんだ?」といった空気になりますが、聴くモードになっていない聴講者にスイッチを入れてさせるのには効果的です。

その後に事前配布プロフィールや司会者の紹介に入れてない自分のキャリアからくる強みを補足します。そして、今日の講演から学んでいただきたい点を明確にしてから、本題に入りましょう。

初めて講演をする人は驚くと思いますが、あなたが有名人でない限り、聴講者が講師を見る目はかなりシビアです。あなたの講演を真剣に聞くか、昼寝をするかを冒頭で見定めようとしています。

冒頭の掴みネタは、あくまでもその日の講演テーマのイントロです。
あなたがポジショニングしたテーマにピッタリのマクラを考えて下さい。

ただし、5分程度にして下さいね。長過ぎるとマクラになりませんし、飛躍し過ぎると何の話か分からなくなってきて、主催者が恐い顔して睨んでくる場合もあります。

落語ではマクラが終わったら羽織を脱ぎます。同様に講演でもイントロが終われば背広を脱ぐというのも、聴講者の切り替えにいいかもしれません。

とにかく講演は冒頭で失敗すると、聴講者の“寝るモード”にスイッチが入ります。反対に冒頭で聴講者の心を掴めば、その時点で半分は成功したと言えるでしょう。

プロ講師はまずモチベーションを上げる

ビジネス講演会は知識のみを売っているのではありません。
講演の商品は「課題提示・問題解決ノウハウ」と「モチベーション」です。

売れてない講師程、動機付けは個人の問題として理論ばかりを語ります。
しかし、どんな優れたノウハウを提案しても、モチベーションが上がらなければ実行に移しません。ある意味では動機付けがノウハウよりも重要ともいえます。

ビジネス講演の根幹にあるテーマは“変革”です。
現在はまさに“変化の時代”です。その事は聴講者の共通認識でしょう。

ですから、どの様なタイトルでも変革が前提となります。変革が必要なければ講演で勉強する必要がないのです。まず、あなたの専門ジャンルの中で、古い常識を破壊して新しい価値を創造するために、変革しなくてはならない動機付けをしましょう。

モチベーションを上げる為のキーワードは“3K”です。
『脅威』『期待』『機会』です。

いま、変革しなければ生き残れない。
いま、行動することで、この様な効果が得られます。
いま、あのマーケットは競合が少なく参入チャンスです。等などです。

モチベーションを上手く上げる事で、その後の本題をより真剣に聴いてもらえます。ただし誤解しないで下さい。講演は何かを販売する訳ではありません。3Kを間違った言い回しにすると胡散臭くなりますし、過剰な脅威や期待を煽るとサギになります。

講演をするからにはフィーを得ればいいという訳ではありません。
自分のノウハウを参考してもらい革新への行動に移して頂きたいと思うものです。そう考えなければプロ講師としての本当の成功はありません。

聴講者のモチベーションエンジンをオンにさせましょう!

常識の否定と不易流行

講演の根幹テーマは「変革・革新」であると提唱しております。
現状のままでいいのであれば、時間やコストをかけて講演を聴く必要がないのです。

そのため、講演には「従来の常識を否定する」という要素が必要です。
あなたの専門ジャンルでも、古くからある常識、既成概念で視野を狭めている慣習がありますよね。それらの常識を、具体的事例を交えてロジカルに破壊して下さい。

ただし、すべてを破壊するアプローチでは、聴講者は引いてしまいます。
意識すべきは、松尾芭蕉の言う「不易流行」です。

「不易」は五七五や季語といった不変の原則で、「流行」は新しい表現を追及していかなければ俳句は陳腐化してしまうという警鐘です。

常識を否定すると言いながらも、短時間の講演で全否定されると聴講者も反感を持ちます。意識的に「守るべき伝統」「普遍の原則」を前提に入れながら変革を促すことが、聴講者が共感し行動に移しやすいアプローチです。

あなたの専門分野での“不易流行”を再確認した上で“破壊と創造”を入れてください。

プロ講師の事例はドラマ仕立て

事例は講演の説得力を高めるために必要不可欠です。
売れっ子プロ講師の事例は、ドラマ仕立で適度な笑いと感動があります。

事例は事実を歪めない範囲で多少脚色しても結構ですので、山あり谷ありの興味深い話を構築して下さい。あなたの『プロジェクトX』をシナリオ化するのです。

理想はストーリーテラーです。聴き手を惹き付けて、その話の続きを知りたくて堪らなくなるように聴講者をどんどんノセていきましょう。

だだし、限られた講演時間ですので、事例やエピソードは長くし過ぎない様にしましょう。1事例5~10分程度が適当です。

自分の成功事例は、思いいれがあるので講師自身が夢中になってしまい長くなりがちです。話している内に興奮して「そういえばこんな事もありまして~」と、どんどん展開していき、しまいに最初の話とは全然違う方向に突っ走るなんて良く見かけます。

結果、聴講者をノセるどころか講師だけノリノリで周りはおいてきぼりになってます。

予定外に事例話が長引き時間不足で充分な落とし込みが出来ず、「結局なんの話だったんだろう?」「自慢話を聞かされた!」なんて事にならない様にだけは気を付けて下さい。

また、講演慣れしていない中小企業診断士や税理士が、「そんなの机上の空論だ!」と反発されるのはノウハウだけで具体的事例を入れていないからです。折角の素晴らしいノウハウなのに、事例が無い事で説得力に欠けるなんて勿体ない限りです。

勿論、守秘義務もあり顧問先のネタ等は使いづらいのでしょうが、現在進行形でない事例などは顧問企業にとっても講演ネタにされる事に抵抗無いケースも多いので、是非了解を得て成功事例としてノウハウとリンクさせて話して下さい。

とにかく具体的な事例の無いノウハウは共感を得にくい事と、事例を話すときは思い切って感情を込めるとより効果的である事を覚えておいて下さい。

本題のストーリー

前項の通り、冒頭で聴講者の興味を掴んでから本題に入るわけですが、まずは、今回の講演テーマにおける社会的な現状認識とその背景を明確にしましょう。聴講者が抱えている環境の変化、課題を指摘して「この講師は良く現状を理解しているな」と共感を得る事が重要です。

ここでは、マスコミで言われている一般論だけでなく、あなたの私見も含むとよりいいでしょう。但し、これらの導入部分は簡単で結構です。たまに講演の半分をこれらの総論で占める講師もいますが、やり過ぎです。

その後、本題に入りますが、あなたは講演をしようと考えている位ですから莫大な情報をお持ちだと思います。しかし、一般的な講演は60分から90分です。

その時間内で自らの情報をすべて出し切ろうと考えるのは失敗の基です。せっかくだから出来だけ多くの情報を伝えたいと思いがちですが、あまりに多いと何が言いたかったのか分からなくなることがあります。

まずは、与えられたテーマの中で、あなたの持つ情報の中から3つ程度の柱を立て、1コンテンツにつき約15~20分でまとめます。その内訳の基本形は “ノウハウ+具体的事例”です。通常、講演ではどんな素晴らしい理論・ノウハウも、裏付けする事例を加えないと机上の空論と取られます。反対に事例だけの講演は感動するかもしれませんが、やるべき課題が残りません。論理的であり行動のモチベーションが高まる話にするために、理論と事例をリンクして法則化させるのです。

ノウハウが先でも事例が先でもどちらでも結構です。伝わりやすい流れを研究して下さい。
コンテンツの間では、焦らず詰め込まず効果的に「雑談・余談」を入れましょう。その事でコンテンツの区切りが明確になります。
最後は、全体の柱に共通した落とし込みをしてまとめます。

締め括りにはメッセージとして、会合主旨とテーマに合った格言を含めると印象度も上がります。そして、本当の最後にはお礼と聴講者へのエールで終えます。

あくまでも一般的な流れですが、簡単に言えばこんな感じです。
勿論、すべてのビジネス系講演会に適しているとは言いません。

経験豊富な人気講師はこの様な基本的流れは超越している方もたくさんおりますし、士業の講師がよく頼まれる法改正を解説するセミナーでは事例や余談も不要ですし、講師が持つノウハウや哲学を入れるところはありません。

本書では自身のキャリアを基にしたノウハウを提供するスタイルの講演を中心に解説していきますので、これからシナリオ設計していく方は基本形としてお考え下さい。

腹八分とデザート別腹の理論

目一杯食べた後って、不快感に変わりませんか?
講演でも目一杯よりも、「もう少し聴きたいな~」と思うくらいで終わるのが丁度いいんです。

最後の15分位で、あれもこれもと駆け込みで詰め込んで終えると聴くほうは疲れてしまい、結果的にあまり記憶に残らないなんて事になりがちです。

スポーツと違って、ラストスパートが逆効果になる事もあるんです。

最後は余裕を持って、それまでに話した内容を振り返れる様なシナリオの方が、ノウハウが印象に残ります。
手を抜くと言う訳ではなく、余韻を残すテクニックです。

余韻を残すといっても、あえて重要な所を話さずに、次の講演依頼をもらおうとか、著書を買ってもらおうとかの意図が見えるのは良くありませんのでご注意下さい。

また、デザートは別腹の理論と同じで、質疑応答後の最後の締め用に、短いノウハウやメッセージを意図的に残しておき「それじゃ最後に~」なんて言ってオマケ的に自信あるビジネス小話を入れるとグッと満足度が上がります。

これぞ!「情報も腹八分とデザート別腹の理論」です。

プロ講師の凄い人になってくると、時間内で「もう満腹で苦しい」とまで詰め込んでおきながらも、最後に消化を促進する締めで終えて、後味スッキリなんてケースもあります。

「これは!“焼肉を腹一杯後の冷麺の法則”だな~」と感心させられる事もありますが、まだその粋まで行っていないと思う方は、前述の “腹八分+α”でタイムマネジメントして下さい。

すべてが斬新でもダメ

あなたの専門知識が優れていても、講演のすべてが初めて聞く話ばかりだと聴講者は疲れます。結果、「すごい話なんだろうけど、よく解らない…」となってしまいます。

聴講者は、自分が知っている事例やノウハウが、部分的に入っている方が、興味が湧き、共感するのです。

「そんな事、知ってるわ!」と思いながらも、専門分野と自分の知識がシンクロすることで、一気に理解度が上がるのです。

テーマが専門的であるほど、戦略的に有名な事例を交える事を意識しましょう。とにかく、全てがオリジナルの話もつまらないんです。

あなたのノウハウと有名事例をマッチングさせましょう。大切なのは“共感”です。

締めくくりが成否を握る

冒頭で掴む事の重要さを前述しましたが、同様に大事なのがクロージングです。最後の締め括りで聴講者の印象度が大きく変わります。

締め括りには、講演内容に沿った格言やメッセージが適しています。

例えば起業セミナーであれば

『好きなことを仕事にしなさい。そうすれば一生働かなくていい』by 孔子

『失敗したところでやめてしまうから失敗になる。成功するところまで続ければ、それは成功になる』by 松下幸之助

等はインパクトがあり勇気が湧きます。

危機管理セミナーでは

『安心、それが人間のもっとも身近にいる敵である』by シェークスピア

等、後を引くメッセージで締めると、その印象が本題で話したノウハウと一緒に残ります。

意識改革セミナーでは

『常識とは、18歳までに身につけた偏見のコレクションである』by アインシュタイン

生き残るのは、大きいものでも強いものでもなく、最も変化に適応出来たものであるby ダーウィン

等が強いモチベーションを与えます。

ここでは理屈っぽく解説はせずに、簡単な注釈を付ける程度で締め括りましょう。仮に本題のノウハウは残らなくても、講演の主旨・目的のマインドだけが伝わっても成功と言えるでしょう。

勿論、著名人の格言でなくても、あなたの考えたメッセージや、有名な言葉を自分流に変えたフレーズでも結構です。

とにかく、最後を締めずにダラダラと終わったり、慌ただしく時間切れ的に終わると聴講者は何が言いたかったのか分らなくなり戸惑います。 必ず「最後に」と言ってから、短いメッセージで締め括りましょう。

使えば効果を発揮します

なんだたいしたことない技術だな…とお感じの方もいるかもしれません。
しかし、分かるとできるでは大違いです。
KKD(経験・勘・度胸)だけでやっていると思われがちな講演家も細部に拘り何度もPDCAをまわして絶妙の間をつくりあげています。

この記事に書いたことは初歩的な技術だけです。
まだまだプロ講演家のテクニックはありますので続きはあらためて…