「同期が介護離職!その時あなたはなんて声をかけるのか…」
もし、あなたがこの問いを投げかけられたら、すぐに答えられますか?
働き盛りの30代、40代。仕事は楽しく、やりがいを感じている。任されるポジションも増え、信頼してついてきてくれる部下もいる。そんな充実した日々を送っているあなたに、ある日突然、一本の電話がかかってきたと想像してください。
「お母さんが、倒れたって…」
電話の向こうから聞こえる、実家の家族の震える声。あなたの心臓が、ドクンと嫌な音を立てる。それが、介護という「見えない爆弾」が炸裂した瞬間です。
平日に、急いで実家に帰省することが増えた。会社には「家族の用事」とだけ伝えているが、そのたびにプロジェクトは遅れ、部下たちに負担をかけているのではないか、と罪悪感に苛まれる。
「ごめん、今日の打ち合わせ、また出られなくなった」
画面越しの同期の顔が、日に日にやつれていくのがわかる。いつもの快活さは失われ、彼の表情は常にどこか不安そうだ。
「大丈夫だよ、俺たちで何とかするから」
あなたは精一杯の笑顔でそう言ったが、心の中では戸惑っている。何が大丈夫なのか、どうすればいいのか、何もわからない。自分の言葉が、上辺だけの慰めに聞こえてしまう。
そして、ついにその日が来る。
「…俺、しばらく会社を休むことにしたよ。親の介護に専念しようと思って」
同期の口から出た「介護離職」という言葉。それは、これまで当たり前だと思っていた彼の日常、そしてあなたの日常を揺るがす、あまりにも重い現実だ。
あなたは、なんて声をかけるだろうか?
誰にも相談できない「孤独な闘い」
介護は、仕事と異なり、明確なゴールが見えません。終わりが見えないマラソンを、一人で走り続けるようなものです。そして、それはしばしば「孤独な闘い」となります。
- キャリアの分断: 「このまま今のポジションを続けるのは無理だ」「昇進の話は諦めるしかない」 これまで築き上げてきたキャリアが、目の前で崩れていく絶望感。
- 精神的・肉体的疲労: 「仕事の合間に病院の予約を入れなきゃ…」「夜中に何度も呼ばれる…」 満足に睡眠も取れず、心身ともに疲弊していく。集中力が続かず、仕事でのミスも増えていく。
- 家庭内での葛藤: 「私の両親のことはどうなるの?」「いつまでこの状態が続くの?」 自分の親の面倒をみることに精一杯な妻との間で、理解し合えない葛藤が生まれる。
- 経済的な不安: 「介護サービスってお金がかかるんだな…」「このまま休職や退職になったら、家計はどうなる?」 介護費用という新たな出費に加え、収入が途絶えるかもしれないという現実が、重くのしかかる。
そして何よりも、「仕事も頑張りたい。でも、親も大切にしたい」という葛藤が、本人を追い詰めていきます。この複雑な感情を、職場の上司や同僚に打ち明けるのは、非常にハードルが高い。弱みを見せることへの抵抗感、周囲に迷惑をかけることへの罪悪感から、結局一人で抱え込んでしまうのです。
「他人事」を「自分ごと」に変える労働組合の役割
この問題は、決して「特別な誰か」にだけ起こるものではありません。人生100年時代、誰もがいつか直面する可能性のある「自分ごと」です。だからこそ、労働組合の出番なのです。
労働組合は、これまで会社との交渉を通じて、賃金や労働時間といった労働条件の改善に取り組んできました。しかし、これからの労働組合は、組合員の「人生」そのものに寄り添うことが求められます。
介護離職という「見えない危機」から組合員を守るために、労働組合が果たすべき役割は多岐にわたります。
- 介護関連制度の周知・交渉: 育児休業制度は知っていても、介護休業制度の詳細は知らない、という組合員は少なくありません。会社がどのような制度を持っているのか、それは本当に使いやすいのかを交渉し、組合員に分かりやすく周知する。
- 専門家との連携: 介護に関する知識は、個人で調べるには限界があります。労働組合が専門の相談員やファイナンシャルプランナーと連携し、介護休業の取得から公的な支援制度、さらには家計の見直しまで、具体的なアドバイスを受けられる窓口を設ける。
- 職場での意識改革: 「介護は個人的な問題」という古い考え方を払拭し、「介護は組織で支える課題」という意識を醸成する。介護と仕事を両立できる働き方や、互いに支え合うチームビルディングについて、会社に働きかけを行う。
- 「心理的安全性」の確保: 職場会や組合の会議で、介護に関する悩みを気軽に話せる雰囲気を作る。同じような経験を持つ組合員同士が情報を交換し、支え合えるネットワークを構築する。
「同期が介護離職」。その時、あなたにできることは「頑張れ」という上辺だけの声かけだけではありません。
労働組合という組織が、日頃から介護という問題に真剣に向き合い、具体的な支援体制を構築していること。その事実を同期に伝えること。
そして、何よりも、今度はあなたが「孤独な闘い」を始めなくて済むように、自分自身、そして組織全体で「もしもの時」に備えること。
それが、私たち一人ひとりが、そして労働組合が今、この瞬間にできる、最も大切なことなのです。
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